私は、2005年に大動脈解離をやりました。
その1年後の経過観察中の2006年の6月19日に、肺に影が見つかりました。
PET検査の結果「上左肺S6に腫瘤、ステージIII-bの肺がんに矛盾しない」との所見がなされました。
肺がんの告知でした。
大動脈解離以来、それまでに何度も胸の撮影はしていました。
にもかかわらず、なぜステージIII-bに至るまで癌(がん)が発見されなかったのか。
未だにこれは納得できません。
PET検査の後に生検を行ないました。
生検とは、生針検査の略で、癌(がん)治療を始める前に行なうサンプルテストだそうです。
癌(がん)でないのに、癌(がん)用の治療をしてしまう医療ミスを避けるために行なうそうです。
具体的には、私の場合背中から針を刺して肺の患部細胞のサンプルをとり、悪性かどうかを見ました。
結果は悪性腫瘍の細胞でした。
肺がんであることの最終確認がおこなわれたのです。
しかし、その生検後しばらくして強い胸の痛みに襲われました。
肺に水が溜まった結果の痛みでした。
主治医曰く、
「癌性胸膜炎による胸水で予後不良です。」
「つまり、癌(がん)細胞が肺中にばら撒かれてしまった状態で難しい状況です。」
この主治医は大動脈解離のときからの主治医でした。
何でも正直に教えてほしいと頼んでありましたので、余命は長くて2年くらいと教えてくれました。
このとき、私は実は、生検を行なった医師に医療ミスがあったと強く感じていました。
生検は主治医ではなく新米の医師が担当しました。
うまく針を刺せずに、患部になんらかの損傷を与えてしまったのではないか。
その結果、出血やリンパ液などが胸水となったのではないか。
そう思ったのです。
これについては未だに病院を疑っています。
あまりにも、タイミングがよすぎるというか、突然の病状の進行に疑わざるを得ません。
私は愛煙家でした。
それを、大動脈解離を患ってからは一生懸命タバコを止めたのです。
他にも小まめに検査をするなど、それ以上大病をしないように用心をしていました。
にもかかわらず、何よりも恐れていた肺がんにかかってしまいました。
それも胸水で肺全体に癌(がん)細胞が撒かれてしまった。
さらにリンパ節にも転移している。
本当にたいへんなことになってしまったわけです。
その1年後の経過観察中の2006年の6月19日に、肺に影が見つかりました。
PET検査の結果「上左肺S6に腫瘤、ステージIII-bの肺がんに矛盾しない」との所見がなされました。
肺がんの告知でした。
大動脈解離以来、それまでに何度も胸の撮影はしていました。
にもかかわらず、なぜステージIII-bに至るまで癌(がん)が発見されなかったのか。
未だにこれは納得できません。
PET検査の後に生検を行ないました。
生検とは、生針検査の略で、癌(がん)治療を始める前に行なうサンプルテストだそうです。
癌(がん)でないのに、癌(がん)用の治療をしてしまう医療ミスを避けるために行なうそうです。
具体的には、私の場合背中から針を刺して肺の患部細胞のサンプルをとり、悪性かどうかを見ました。
結果は悪性腫瘍の細胞でした。
肺がんであることの最終確認がおこなわれたのです。
しかし、その生検後しばらくして強い胸の痛みに襲われました。
肺に水が溜まった結果の痛みでした。
主治医曰く、
「癌性胸膜炎による胸水で予後不良です。」
「つまり、癌(がん)細胞が肺中にばら撒かれてしまった状態で難しい状況です。」
この主治医は大動脈解離のときからの主治医でした。
何でも正直に教えてほしいと頼んでありましたので、余命は長くて2年くらいと教えてくれました。
このとき、私は実は、生検を行なった医師に医療ミスがあったと強く感じていました。
生検は主治医ではなく新米の医師が担当しました。
うまく針を刺せずに、患部になんらかの損傷を与えてしまったのではないか。
その結果、出血やリンパ液などが胸水となったのではないか。
そう思ったのです。
これについては未だに病院を疑っています。
あまりにも、タイミングがよすぎるというか、突然の病状の進行に疑わざるを得ません。
私は愛煙家でした。
それを、大動脈解離を患ってからは一生懸命タバコを止めたのです。
他にも小まめに検査をするなど、それ以上大病をしないように用心をしていました。
にもかかわらず、何よりも恐れていた肺がんにかかってしまいました。
それも胸水で肺全体に癌(がん)細胞が撒かれてしまった。
さらにリンパ節にも転移している。
本当にたいへんなことになってしまったわけです。